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ヒト化ネズミはデング出血熱の悪夢を見るか?

(ご、ごぶさたしております)(蚊の鳴くような声で)(デングだけに)

Inhibition of megakaryocyte development in the bone marrow underlies dengue virus-induced thrombocytopenia in humanized mice.
J Virol. 2013 Nov;87(21):11648-58. doi: 10.1128/JVI.01156-13. Epub 2013 Aug 21.
久しぶりの更新は安心と安定のJ Virolより。

顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease)の4番バッターことデング熱が今回の主役です。致死率は1%以下と、この手のウイルス感染症にしては低めではあるものの、蚊の生態の厄介さと地球規模の分布で、毎年数千万人単位で患者を量産する長距離打者です。原因となるのはフラビウイルス科デングウイルス。デングウイルスに感染すると、高熱と、関節や骨の痛みが一過性に起きます。これがデング熱です。たいていは治ります。

怖いのは、発熱が収まってきたかな?という頃に出血熱に発展してしまい、死に至るケースです。これをデング出血熱と言います。

さてさて、感染症の研究と切っても切れないのが実験動物を用いたモデルなわけですが、デング出血熱のモデル作りはあまりうまくいきませんでした。マウスはもちろん、他の動物もいろいろ試してみましたがモデルにはほど遠くて、サルを使うしかないんでないの?というとこまでたどり着いてしまい、お財布的にちょっと苦しい状況だったのです。ヒトのサンプルはこの手の熱帯病の常で、医療体制もままならない地域で入手するのは至難の業です。

そこで研究者たちが思い至ったのが、造血系の細胞をまるっとヒトのものに置き換えたヒト化マウスです。ウイルス性出血熱は、すごくざっくばらんに言えば、ウイルスが悪さして血が止まらなくなる病気です。マウスでデング出血熱が起きないのはネズミさんだからじゃね?→思った通りヒト化マウスは出血熱のような症状を示したのでした。というところまでが背景。ヒト化マウス作るとかサル買ってくるより大変なんじゃねーの?という野暮な突っ込みは禁止な?*1

というわけで、ヒト化マウスを作りました。ひと工夫して骨髄の造血系だけじゃなく、肝臓の細胞も一部ヒト化したマウスができました。これで、デング出血熱でどうして血が止まらなくなり出血熱になるのか、より正確に調べる事ができます。なぜなら、止血の際に最前線で固まる役目を担う血小板の産生には、骨髄にいる巨核球という細胞と、肝臓で作られるトロンボポエチンの両方が必須で、どちらが欠けてもヒトの止血機構を再現することはできないからです。
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また、デング出血熱になってしまった患者では血小板が顕著に減少することが知られています。血小板減少の謎を追うことで、出血熱になる仕組みを解き明かそうという試みですね。

このヒト化マウスにデング熱ウイルスを感染させると、ヒトの血小板だけがすごく少なくなります。巨核球も少なくなり、巨核球になる前の細胞たちも少なくなります。が、肝臓のトロンボポエチン産生はあまり変わりません。巨核球自体にはどうやらウイルスは感染していなさそうです*2が、骨髄からウイルスが見つかりますし、骨髄中のヒト細胞の割合がちょこちょこと変わっています。
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これらの結果から、筆者たちは巨核球への分化をサポートする骨髄中の環境がウイルス感染でダメージを受け、結果として血小板が減少するのではないか?という推測をしています。

デングウイルスによる血小板減少のメカニズムとしては、長年、抗体によるものではないかと考えられてきましたし、実験的にも確かめられています。一方で、今回のヒト化マウスモデルでは、抗体の応答がなくても血小板減少が骨髄レベルで起きることが分かりました。さてさて、本当のところはどうなんでしょう?どちらのメカニズムもあり得そうですし、ひょっとしたら、双方の微妙なバランスが成立した時にだけデング出血熱が起きるのかもしれません。まだまだ、研究しなければいけないことはたくさんありそうですね(研究費もっとちょうだい)。

*1:実際のところ、BSL3とか4の施設でサルを扱うのは最初からサル用にデザインされてないと辛いので、マウスで研究できるに超したことはないのです

*2:これは文章で触れられてるだけで結果が示されてないので、ちょっと疑問が残る