あなたのまわりの小さなともだちについて

あるいは、この如何ともし難い小さき有機体が何を思ふか

エンベロープを持つノンエンベロープウイルスが見つかる

A pathogenic picornavirus acquires an envelope by hijacking cellular membranes

Nature (2013) doi:10.1038/nature12029

あまりの衝撃に思わずブログを書いてみたくなってしまいました。こんな衝撃は、ほ乳類の遺伝子にボルナウイルス (の一部) がかくれんぼしてる論文以来ですね。いやー、おったまげた。

ウイルスというのは極端な話、遺伝子であるDNAやRNAをたんぱく質で包んだツブツブなので、とても弱っちいのです。それでも遺伝子を守らなければウイルスはウイルスであることができないので、頑張って守らなくてはいけないんですよね。守り方には2種類あって、たんぱく質の殻をがっちがちに固めて『硬い』ウイルス粒子を作る戦略と、細胞からちょいと脂質2重膜を借りてきて*1『柔らかい』ウイルス粒子を作る戦略があります。どちらが有利と言うことはなく、硬い方が過酷な環境でも生き残りやすく、柔らかい方が環境の変化に適応しやすい。どちらも一長一短です。ただし、膜を借りるには膜に取り込まれやすいたんぱく質を持つ必要があるし、がっちがちの殻を作るのもしっかりした構造をたんぱく質で作る必要があるし、両方できる奴というのは今まで見つかっていませんでした。

硬いウイルスのエース、ピコルナウイルスファミリーのA型肝炎ウイルスが今回の主役です。ピコルナファミリーには、手足口病やポリオ、口蹄疫などの有名どころが揃っていて、どのウイルスも酸や化学物質に強く、消毒が厄介なやつらとして知られています。その中でもA型肝炎ウイルスは、ワクチンはあるものの、発展途上国を中心に世界中に蔓延していて根絶は夢のまた夢です。

さてさて、論文のお話に入りましょう。A型肝炎ウイルスの研究者がある日、ウイルスを培養して精製*2していたら、同じウイルスのはずなのに普通のウイルスと、ちょっと重いウイルスがいることに気がつきました。ちょっと重い?何それ?と電子顕微鏡で見てみたら、袋のようなものの中にウイルスが入っている。まさかね!といろいろ調べてみたら、やっぱりこの袋のようなものは脂質2重膜で、細胞から拝借してきたものでした。しかし、A型肝炎ウイルスは膜を借りるためのたんぱく質を持っていません。もっとよく調べたら、うまいこと細胞のたんぱく質*3を利用して脂質2重膜を借りているということが分かり、しかも袋入りウイルスは抗体から守られていることも分かりました。さらにさらに、この袋入りウイルスは細胞に入るときに弱点があるらしく、別の種類の抗体を使うと殖えられなくなってしまうことも判明しました。もはや、袋入りじゃないウイルスと同じウイルスとは思えませんね。同じ遺伝子から増殖しているのに、ちょっとしたたんぱく質発現過程のさじ加減で、2つの違う構造のウイルスができちゃうのでした。

イラストにしてみるとこんな感じ。
f:id:DYKDDDDK:20130404105951j:plain

そっかー、ウイルスが実は2種類いたから、ワクチン打って抗体持ってる人の肝臓でばりばりウイルス殖えてたり、ウイルスが殖えちゃってからワクチン打ったり抗体打ったりしても効いたりしたのかー、と、今まで謎のままだったA型肝炎ウイルスのワクチンにまつわる疑問に答えが出たんじゃないかな、と論文の筆者たちは言っています。このあたり、動物モデルや患者さんで確かめた訳ではないので推測の域を出ませんが、確かにそうだろうなぁと思わせるだけの発見と言えます。

実験室でのふとした疑問からスタートしたであろう研究が、超有名ウイルスの新しい性質の発見につながり、それがワクチンの問題や疑問を解決してしまうかもしれない、そんなきれいなストーリーの論文でした。感動した!

*1:細胞膜が主ですが、小胞体膜とかゴルジ体膜とか核膜を借りる奴らもいます。

*2:めっちゃきれいにすること。ウイルスは細胞の中で殖えるので、ウイルス培養液=細胞の上澄みには細胞から出てきたたんぱく質や細胞の切れ端や死んだ細胞や、とにかくいろんな夾雑物があるので、比重(ウイルスは夾雑物よりちょっぴり比重が大きい)で分けてきれいにするのです。

*3:ESCRT(エスコート)と呼ばれる一連のたんぱく質群で、細胞内で膜をちぎったり運んだりするのがお仕事。名前が素敵。