あなたのまわりの小さなともだちについて

あるいは、この如何ともし難い小さき有機体が何を思ふか

ウイルスRNAはバックがお好き

せっかくブログを始めたので、継続は力なりをしてみようと思います。まぁまだ2回目なので何を偉そうになんですけど、研究のようにゆるゆると続けていけたら良いなぁと思います。研究はお仕事なので、そろそろゆるゆるとは言えなくなってきた気もしますが、それは置いておきましょうか。

今回の論文はこちら。PLOSだからみんな読めるよ!
Viral Uncoating Is Directional: Exit of the Genomic RNA in a Common Cold Virus Starts with the Poly-(A) Tail at the 3′-End
ブログタイトルは釣りですごめんなさい(他人の論文で何てことを!)。

前回はウイルスが細胞から外へ出て行く時のお話を取り上げたので、今回は入っていくときのお話です。主役を務めるウイルスは、風邪の主な原因となるライノウイルスです。またピコルナファミリーかよ!という声が聞こえてきそうですが、偶然だぞ。風邪かも?と思って寒気がしたらだいたいこいつの仕業です(暴言)。特効薬はまだ市販されてないから家で寝ていたまえ。

ピコルナファミリーは Picorna つまりPico(小さい)rna(RNA)という名前だけあって、遺伝子としてRNAを持っています。このRNAは1本鎖(対になる相補鎖がウイルス粒子内に存在しない)で、たった一つの巨大なたんぱく質をコードしています。すっげーでかいメッセンジャーRNA(mRNA)だと考えてもらえればほぼ合ってます。mRNA様のウイルス遺伝子のことを『極性がプラス』とか『プラス鎖』とか『ポジティブ鎖』とか言います *1。絵にしてみました。
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巨大なたんぱく質は、翻訳された直後から自身に内在する酵素活性や細胞の酵素でぶつ切りになって、ウイルスの殻を作る部品や、ウイルスのRNAを増やす部品や、細胞の邪魔をする部品に分裂します。プラモデルみたいなもんです。まとめて部品を作って、ちょきちょき切り離して、完成!

このプラス鎖RNAを遺伝子に持つ利点は、何と言ってもウイルス粒子内に余計なものを詰め込む必要がない、という点です。細胞質にRNAを送り込みさえすれば、それがmRNAとして働き *2、ウイルスの部品ができて増殖できるという寸法です。この、細胞質にRNAを送り込む部分が論文のキモです。

RNAとは言え、実に7,100塩基もの長さ*3があるので、ライノウイルスのRNAは分子量が相当大きいです。こいつが、膜に開いた穴をすんなり通っていくとは思えない。端っこからするするっと穴を通っているならありそうだ。ってことで、じゃあどっち向きに穴を通っているのかなーっと調べたら、何とみんなみんな3’末端から穴を通ってました。お尻からバックですね(これが言いたかった)(満足)。わお、これは思ったより精密に制御された仕組みに違いないぞっていうか、ウイルス粒子を組み立てるときから制御してないとこんなことにはならなくね?と筆者たちは考えているようです。何のためにかは良くわからんけど、絡まったり、穴に詰まったり、頭とお尻が別の穴から出ようとして引っかかったりするのを防ぐ仕組みなんじゃないかしら?とも書いています。

要点だけ絵にするとこんな感じ。実験的には、細胞を使わずにウイルス単体で再現できる系のようですが、教科書的に描いてみました。
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ということで、今まで曖昧に書かれていた部分が、案外精密な仕組みで動いていたということが分かり、かつ、こういう仕組みはウイルスだけに存在するはずなので、特効薬を考える上で良いターゲットになるんじゃないかなーという論文でした。教科書の挿絵になるような仕事って憧れですね。それにしても、1stオーサーの人の名前、どうやって発音するんでしょうか。はるちゅにゃん?

ちなみにちなみにー。植物ウイルスやDNAウイルスでは同じような研究がありますが、人間の身近なRNAウイルスでこういう仕事は今までありませんでした。たぶん。ご参考までに。
Polar uncoating of tobacco mosaic virus (TMV) with dimethylsulfoxide (DMSO) and subsequent reassembly of partially stripped TMV.
Bidirectional uncoating of the genomic RNA of a helical virus.
Depletion of virion-associated divalent cations induces parvovirus minute virus of mice to eject its genome in a 3'-to-5' direction from an otherwise intact viral particle.

*1:mRNAの相補鎖RNAは、マイナス鎖/ネガティブ鎖RNAと言います。マイナス鎖RNAを遺伝子として粒子内に持つウイルスも、もちろんいます。

*2:厳密にはmRNAではないので、mRNAとしてリボソームに認識してもらうために本物のmRNAからキャップ構造を奪ったり、独自のIRESを用意したりします。ピコルナファミリーは後者。

*3:1本鎖なので塩基対(base pair)とは言わない。7,100 baseです。