ウイルスを中和しないワクチンを作ってみたら案外うまくいった件
ウイルスに対するワクチンというのは、主に中和抗体を誘導する目的で作られています*1。中和抗体というのは、B細胞が作る抗体のうち、ウイルスの外側にべたべたっとくっついてウイルスを檻の中に閉じ込めてしまうような抗体のことです。たいていは抗体を作る体の方が勝って、ウイルスは全部檻の中に閉じ込められてしまいます。めでたしめでたし。
というわけで、ワクチンは主にウイルス粒子の外側に出ているタンパク質でできています。あるいは、ウイルス粒子そのものとか。ウイルス粒子の外側のタンパク質じゃないと抗体の檻ができませんからね。これはこれで、人類が長年かけてたどり着いた一つの答えですので、たいていはうまくいくわけです。そう、たいていは。
ここにサイトメガロウイルスというかっこいい名前のヘルペスウイルスがいます。得意技はヘルペスらしく、ザ・日和見感染。ざっくり言って、およそ半分くらいの人はこのウイルスと共に生きています。普段は隠れているので分かりませんが、免疫系が弱ってよわよわ状態になると悪さをします。免疫系よわよわ状態の原因はいろいろありますが、HIV感染や臓器移植のときに特に問題になるみたいですね。臓器移植のときは免疫系がんばれ状態にはできないので、感染者から非感染者に移植する場合は抗ウイルス薬をばんばん投与してウイルスを抑えなきゃいけません。もう一つ問題となるケースは、妊婦さんが感染したり、妊婦さんが免疫系よわよわになってウイルスが悪さしたときです。風疹のように、胎児の奇形の原因になったりします。
さーて、こういう問題を根っこから解決するために、サイトメガロウイルスのワクチン作りましょうか、で、作りました。ところが、結果がびみょーであります*2。中和抗体はできるんですけど、ウイルスが殖えちゃうのは止められないことがあります。できればもっと効いてほしいんだけど。というのが今までの流れです。中和抗体ができるのでワクチンとしてはうまくいっているのですが、サイトメガロウイルスの性質を考えると、もうちょっと何とかして重篤な病気になるのを確実に防げるようにしたい。そこで、研究者たちは考えました。ウイルスを檻に閉じ込める戦略だけに頼っているのが良くないんじゃね?
今日は前置きが長かったですね。というわけで論文はこちら。安定安心のJV。
Vaccination Against a Virally-Encoded Cytokine Significantly Restricts Viral Challenge.
Published ahead of print 14 August 2013, doi:10.1128/JVI.01925-13
研究者たちが注目したのが、IL-10(インターロイキン10)というサイトカイン*3にそっくりな、cmvIL-10というタンパク質です。何という安易なネーミング!(つい本音が)IL-10は免疫系ががんばり過ぎるのを抑えるのが役目で、サイトメガロウイルスはこいつそっくりなcmvIL-10を作って*4わざと免疫系よわよわ状態を作り出し、自分に都合のいい環境を得ているというわけです*5。んで、そっくりとは言いましてもちょびっと違う部分があるので、cmvIL-10にだけ反応するような抗体を誘導するワクチンを作りまして、試してみましたよっという論文です。
結論から言いますと、このcmvIL-10に対する抗体作らせる作戦は(サルモデルでは)けっこううまくいきました。完全とは言いがたいものの、ウイルスがバリバリ殖えるのは局所でも全身でも抑えられている感じ。いい感じです。このワクチン単体でもなかなかですから、今までのワクチンと組み合わせたり、抗ウイルス薬と組み合わせたらすんばらすぃワクチンができる予感です。おみごと!