あなたのまわりの小さなともだちについて

あるいは、この如何ともし難い小さき有機体が何を思ふか

とあるコウモリの恋愛遍歴

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コウモリの便からウイルス 中東呼吸器症候群、サウジ——MSN産経ニュース
ラクダにMERS抗体=ウイルス宿主か-英医学誌——時事ドットコム
MERS コウモリからも感染か——NHK NEWSweb
MERSウイルス感染にコウモリが関与か、DNAが完全一致——AFPBB*1
MERS、コウモリが原因?=感染者のウイルスと一致-米医学誌——時事ドットコム*2

またしてもコウモリさんとウイルスの熱愛の歴史に新たな一ページが加わりましたので、過去の熱愛発覚スクープをざざっと振り返ってみたいと思います。

ご注意(2013年9月1日追記)

はてぶコメントでご指摘いただいたように、この記事では亜目以下の分類、生活様式などを問わずコウモリという通称で統一しており、コウモリの種名はほとんど提示しておりません。個々のウイルスの進化や人社会との接点については、個々のコウモリに依存した性質であることをご留意ください。

また、特定の種のコウモリからウイルスが新規に発見されたからと言って、個人の感染リスクが上がることはありません(むしろ、自然宿主の発見によって様々な対策が可能となり、感染リスクは下がります)。コウモリだからと言ってむやみに恐れる必要はありませんが、野生動物との安易な接触が危険であることに変わりはありません。この記事は、ウイルス発見の歴史を簡単に振り返ることが目的であり、恐怖や忌避感を煽る意図は一切ないことを明記しておきます。

1950年頃

コウモリさんと狂犬病ウイルスの仲睦まじい関係がスクープされたことからすべては始まりました。2人のあまりの熱愛っぷりに誰もが発狂したと言います(これがウイルスジョークです。きわめてブラック)。狂犬病ウイルスはコウモリさんにはほとんど病気を起こさないことからも、いかにお互いに愛し合っているかが分かりますね。コウモリさんの棲む洞窟に入った動物が狂犬病ウイルスに感染し、他の動物に噛み付いては感染を広げるというゾンビ映画顔負けのストーリーも話題になりました。

2000年

Isolation of Hendra virus from pteropid bats: a natural reservoir of Hendra virus
さてさて、時代は流れ流れて2000年。しばらく浮いた噂のなかったコウモリさん*3に、出血熱ウイルスとの熱愛疑惑が浮上します。お相手はヘンドラウイルス。馬と人に感染して出血熱を起こす、オーストラリアの凶悪なイケメンです。人目につかない場所でちゅっちゅちゅっちゅしてたコウモリさんとヘンドラウイルスでしたが、凶悪でイケメンだけどうっかりさんなヘンドラウイルスが馬に感染しちゃったがために、ふたりの愛が白日の下に晒されることになりました。
Photo:Grey-headed Flying-fox By:0ystercatcher
Photo:Grey-headed Flying-fox By 0ystercatcher
画像はハイガシラオオコウモリさん。(`・ω・´)キリッ と飛ぶ顔がかっこいいですね。

2001年

Nipah Virus Infection in Bats (Order Chiroptera) in Peninsular Malaysia
ヘンドラウイルスとの熱愛発覚の翌年、今度は東南アジアで、ヘンドラウイルスの兄弟のニパウイルスとコウモリさんの関係がスクープされました。ニパウイルスさんはやっぱりイケメン*4で、馬よりも豚が好きな肉食系です。ヤシの実を介した斬新な伝播経路も話題になりましたね。

2005年

Fruit bats as reservoirs of Ebola virus
この年にはアフリカにて、出血熱ウイルス界のエースことエボラウイルスとコウモリさんとの熱愛疑惑が浮上。ただし、研究者たちの執拗なパパラッチ攻撃にもかかわらずエボラウイルスは全然馬脚を現しません。ウイルスRNAの断片や抗体は検出できるのですが、いっこうにウイルスそのものが見つからないのです。さすがはエース、雲隠れも上手ときましたかと、あきらめムードの漂う中、新たなる熱愛相手が浮上します。

Severe acute respiratory syndrome coronavirus-like virus in Chinese horseshoe bats
それは同じく2005年、舞台はアジア。今度は中国です。感染者が旅行していたことが発覚するなど、世界の衛生関係者を混乱の渦に巻き込んだSARSコロナウイルスが、ハクビシンさんとの熱愛報道の陰でコウモリさんと愛を育んでいることが発覚。このあたりになってくると、またコウモリか的な雰囲気も漂いつつあったとかなかったとか。SARSコロナウイルスは2004年に終息宣言が出されて以降、再発が確認されていないので、コウモリさんとのラブにうつつを抜かしていたというわけですね。そのままうつつを抜かしていてほしいものです。

2007年

Marburg Virus Infection Detected in a Common African Bat
Isolation of Genetically Diverse Marburg Viruses from Egyptian Fruit Bats
さらにビッグニュースがやってきます。アフリカにて、エボラウイルスの親戚、マールブルグウイルスがコウモリさんとラブラブしているところをおさえられ、スクープに。親戚同士でなにやってんだとか、マールブルグウイルスが見つかったなら同じ方法でエボラウイルスも見つけられるだろとか、いろいろ言われましたが、やっぱりエボラウイルスは全然姿を見せません。親戚とは言え、やはり格が違うのか、エボラ。


2012年

A distinct lineage of influenza A virus from bats
次のお相手は、コウモリさんの熱愛遍歴史上最大のビッグネーム、インフルエンザウイルスです。みなさんおなじみのインフルエンザウイルスですが、コウモリさんと熱愛していたのは、今まで見たことのないまったく新しいインフルエンザウイルスでした。コウモリさんといちゃいちゃしていたウイルスと、僕らの知っているインフルエンザウイルスの関係とは!?果たして、ただの遠い親戚なのか?すべてのインフルエンザウイルスの祖先なのか!?と、議論は最高潮でございます。

2013年

Bats are a major natural reservoir for hepaciviruses and pegiviruses
年を越して2013年。インフルエンザウイルス報道の熱も覚めやらぬまま、次にスクープされたのは持続感染のメジャーリーガー、C型肝炎ウイルスでした。人間のC型肝炎ウイルスに一番近い親戚は馬と犬から見つかっているウイルス(リンク先はid:semi_colonさんの紹介記事)ですが、この2つの本家筋に当たる親戚がコウモリさんとLOVEマシーンだということが分かりました。いやおまえ節操なさすぎだろ!というツッコミにもそろそろ疲労の色が見えますが、次で(とりあえず)最後です。

Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus in Bats, Saudi Arabia
最新のスクープは冒頭で紹介したように中東から。中東を中心に、なぜかヨーロッパにばかり飛び火しているMERSコロナウイルスといちゃいちゃしていた痕跡が、コウモリさんから見つかりました(まぁなんて卑猥なたとえ!)。もうここまで来ると「新しいウイルス感染症?どこから来たか分からない?とりあえずコウモリじゃね?」というレベルです。MERSコロナウイルスも当初はラクダとの熱愛が疑われていましたが、やっぱり親戚のSARSコロナウイルスおじさん同様、コウモリさんにお熱だったようであります。ラクダが否定されたのではないですけどね。


以上、現場からお伝えしました。
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写真はストローオオコウモリさん。案外コウモリの写真を種鑑別してクリエイティブコモンズにしてる人は少ないのですね。ウマヅラコウモリとかなかなか凶悪な顔で好きなんですけど。ちなみに、一番のお気に入りは『密林の毛玉』ことシロヘラコウモリさんです。


エマージングウイルス関連でやたらめったらフィーチャーされるコウモリさんですが、当然っちゃ当然の話で、要はこいつら種類が多いんですよね。ほ乳類の4分の1はコウモリです(2分の1がネズミ)。んで、これも当然ですけど、生息地も広い。人間社会との接点も多い。まだまだコウモリフィーバーは続くんじゃないかなと思います。

問「コウモリの公衆衛生上の重要性について、複数のウイルスを例に挙げて議論せよ」

という問題が感染症関連講義の定番*5になる日も近いんでないかなと思います。


注意)ここに書かれているコウモリさんの恋愛遍歴は、明らかになったものの一部です。だって全部おっかけたら日が暮れちゃうんだもん。

*1:『ウイルスのDNA』て。コロナウイルスはDNA持ってまへんよ。geneticの誤訳ですね

*2:個人的に一番つぼったのがこの記事。『医学誌「新興感染症」』という訳が素敵

*3:本当はそんなことないけど、全部網羅して調べる自信がないから諦めました

*4:あまりにイケメンすぎるので、後にコンテイジョンで映画デビューしました

*5:ちなみに、今もっとも定番な問題は「天然痘が撲滅された理由を、他の病原体と比較しつつ述べよ」でしょうね