ウイルスは想像以上に宿主のmiRNAを上手に使いこなしているのかも
東部馬脳炎ウイルスという、たぶんほとんどの人が聞いたこともないウイルスがいます。アルファウイルス属というこれまた聞き慣れないグループに所属してまして、お仲間には西部馬脳炎ウイルス、ベネズエラ馬脳炎ウイルス、チクングニヤウイルスがいます。チクングニヤウイルスだけがアフリカ産で、他の3ウイルスは南北アメリカ大陸で仲良くしてます。馬脳炎ウイルスなので当然馬に脳炎を起こすのですが、人にも感染して脳炎を起こしたりして時々死者が出てます。蚊が媒介するので、性質だけ見れば日本脳炎ウイルスに良く似てますね。
アメリカ産馬脳炎ウイルス三兄弟(姉妹でも可)を比べますと、人に対する病原性は東部馬脳炎ウイルスが一番強く、2番目がベネズエラ馬脳炎ウイルス、末っ子が西部馬脳炎ウイルスです。どれも致死率は1割にも満たないのですが、脳炎を起こすと半分くらいの人が亡くなり、回復しても後遺症に苦しめられます。脳炎を起こす頻度とか、脳炎を起こした後の致死率とかが東部>ベネズエラ>西部の順だとざっくり覚えておけばいいんじゃないでしょうか(そもそも覚える必要があるのかしら)。
兄弟ウイルスということで、研究者が気にするのは「どういう違いがあるんかしらー?」という点でございますね。今まで分かっていることと今回分かったことを東部馬脳炎ウイルスとベネズエラ馬脳炎ウイルスの比較でまとめてみました。それにしてもEEEVってかっこいい省略形(はぁと)。
今回分かったこと(図中赤点線枠)は、東部馬脳炎ウイルスは樹状細胞などでだけ発現しているmiRNA*1に認識される配列をウイルスRNAの3末側UTRに4つも持っていて、ウイルスのRNAがぼろぼろになって増えられないということ。もちろん、他の細胞では増えることができます。樹状細胞やマクロファージは侵入者に対する最前線の防衛ラインですから、ここをすり抜けるためにある程度の犠牲を払っているというわけです。
そして、この樹状細胞などをすり抜けてしまう性質がために、東部馬脳炎ウイルスは他の兄弟に比べて脳炎を起こしやすいのではないか?という疑問にマウスモデルを使って答えを出しています。miRNA認識配列を壊したウイルスが、感染初期に自然免疫の応答を引き起こし、マウスの症状がオリジナルの東部馬脳炎ウイルスではなくベネズエラ馬脳炎ウイルスに近くなるという、きれいな結果です。ついでにヘパラン硫酸との結合についても解析していて、今までぼんやりしていた各現象のつながりが極めてクリアになりました。お見事。
さて、今回でてきたmiRNAや、RNA干渉とか自然&獲得免疫などの、ウイルスに対する宿主の応答というのは原則的にウイルスを排除する指向性があります。したがって、ウイルスの戦略というのは、そうした応答を起こさないよう隠れたり、邪魔したりというのが普通です。ところが、東部馬脳炎ウイルスは、自然免疫から隠れるために敢えて宿主のmiRNAを利用して自らを殺していることが分かりました。急性感染症の原因となるウイルスのこんなふるまいは僕の知る限り他に見つかっていません。
肉を切らせて骨を断つかのようなふるまいは、ウイルスらしからぬ複雑な挙動です。果たしてこの現象は、進化の果てに獲得した性質によるものなのか、それとも他の何かに必要な機能*2がたまたまこのような性質を見せているだけなのか、興味はつきませんね。